東京高等裁判所 昭和28年(う)2850号 判決
被告人 根岸八郎 外一名
〔抄 録〕
一、論旨第二点について。
本件につき検察官より館林簡易裁判所に略式命令の請求がなされたところ、同裁判所裁判官Aは略式命令をすることが相当でないと認めその旨を検察官に通知し、併せて関係書類を検察官に返還し、通常公判手続に移り同裁判官が審理判決をしたことは記録上明白である。しかし憲法第三十七条第一項にいわゆる公平な裁判所の裁判とはその組織構成において偏頗でない裁判所の裁判を指すもので、個々の事件について担当裁判官に不公平な裁判をする虞があると思料するときは、訴訟関係人はその裁判官を職務の執行から排除するため忌避の申立をすることができるのであつて、偶被告人に不利益な裁判がなされたからといつてそれが一々憲法第三十七条第一項に違反する裁判になるというものではない。そして原審裁判官Aが略式命令とすることが相当でないとした理由が仮りに所論の如く被告人等に対し選挙権及び被選挙権を停止しないという裁判をすることを妥当でないと思料したためであつたとしても、同裁判官は法律上職務の執行から除斥されるものでもなく、また被告人及び弁護人からこれを理由として同裁判官に対し忌避の申立をした事跡も記録上認められなく、その他同裁判官が事件につき予断を抱き若しくは不公平な裁判をする虞があつたことはこれを認めることができないから、本件の裁判を目して憲法第三十七条第一項に違反してなされた裁判であるということはできない。論旨は理由がない。
二、論旨第一点について。
所論に鑑み原審が被告人等に対し公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない旨の宣告をしなかつたことの当否について訴訟記録を検討すると、原判決は右規定を適用しない旨の宣告をしなかつた理由として、被告人等は公判の冒頭陳述においては公訴事実を大体その通り相違ないと述べたが、第二回公判の証拠調の際には最も真実と認められる司法警察員作成の被告人等に対する供述調書の記載が真実を反することを主張し、第三回公判においてもその態度を変えず真の悔悟が認められないし、被告人等がこの判決の確定によつてその公職を失つても社会に大きな不利益があるものとも考えられないから結局被告人等には公職選挙法第二百五十二条第三項の情状があるとは認められないと説明しておるのであるが、同法第二百五十二条第一項の規定を適用しない旨の宣告をなすべき情状として原判示の如く被告人の真の悔悟の有無又は被告人が現についている公職を失う場合の社会的不利益等を考慮するばかりでなく公職選挙法に規定する選挙権及び被選挙権は日本国民が主権者として有する憲法上の重要な権利であるから先ず犯罪の動機、態様等に照し犯人の犯した犯罪が悪質な犯罪であるかどうかを見極めた上、更に被告人の経歴、境遇その他諸般の事情を考慮すべきである。而して訴訟記録に徴すれば、被告人等の原審公判廷における供述は、犯罪事実については大体その通り相違ないが司法警察員作成の供述調書には、犯罪の動機その他の点において事実に相違する点がある旨を陳述、ひたすら寛大な判決を求める趣旨であることが窺われ、必ずしも原判決説明の如く被告人等に真の悔悟なきものと断定するのは早計である。のみならず訴訟記録によつて窺われる本件犯罪の動機、態様等に照せば本件犯罪は特に悪質なものとは認め難く更に被告人の経歴、境遇その他諸般の情状を考慮すれば、被告人等に対しては公職選挙法第二百五十二条第一項の規定を適用しない旨の宣告をするのが相当と認められるので、右の宣告をしなかつて原判決は結局量刑不当に帰し論旨は理由ある。